キャパの十字架

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カメラをいじるようになる前から、ロバート・キャパの名前くらいは知ってました。

キャパ、戦場写真、マグナム、そして「崩れ落ちる兵士」・・・門外漢の私ですら知っている、スペイン内戦の悲劇を報じた傑作写真としてあまりに有名な「崩れ落ちる兵士」の写真を巡って、キャパの人生の歩みとその機微を、ある特殊な角度から描いた本を紹介します。

「テロルの決算」「深夜特急」(いずれも若い頃のめり込んで読みました)などの珠玉のノンフクションの書き手として名高い沢木耕太郎さんのこの著作を、恥ずかしながら私は全く知りませんでした。

5月のある日、古本屋の店先でぼんやり書棚を眺めていて、「ん」と気になって手にとった1冊。奥付に2013年の発刊とあります。写真愛好家の間では本書の話は過去のトピックになっている可能性大ですが、お許しください。

#上記のリンクは入手しやすい文庫本ですが、私が古書店で見つけて買ったのは単行本でした。

このルポルタージュの追う主題はシンプルです。
「崩れ落ちる兵士」は、真なのか贋なのか。

1930〜50年代に活躍した写真家キャパの、その名声と神話を確立した重要な岐路となった「崩れ落ちる兵士」。この写真の真贋疑惑に、いまさらながら挑むという、ある意味馬鹿げた、しかし真剣な試みです。

「かりに『真』だとしても、あのように見事に撃たれた瞬間を撮れるものだろうか。仮にもし『贋』だとするなら、あのように見事に倒れることができるだろうか」

著者がこのために費やした月日は、断続的に20年以上。
この写真を見た時に漠然と抱いたいくつかの疑問を煮詰めていくうちに、確かめたいことがどんどん膨らみます。

「崩れ落ちる兵士」が撮られたのはどこの戦場なのか一緒に残された写真が戦場にしてはあまりに”緩んだ”様子なのは何故か。それは本当に戦場だったのか。特定されたとされる人物は、本当に「崩れ落ちる兵士」当人なのか。「キャパがライカで撮った」という前提は確かなのか。

著者は写真家キャパの才気と実力を疑ってはいません。むしろ敬愛・崇拝していると言ってもたぶん大きく間違っていない。ただ「崩れ落ちる兵士」については、世に知られたストーリーとは異なる物語があるのではないかと考えます。

本当のことが知りたい。それがすべてなのでしょう

現地に何回も足を運び、さまざまな関係者を粘り強く探して会い、情報を集め、これらの疑問をしっかり熟成させて向きあい、ついに「ある結論」にたどり着きます。

ノンフィクション・・・創作ではなく現実なので、否応なく生じる話の緩急があって「緩」の部分では率直に言って中だるみも感じました。しかし、それこそリアリティというもので、この類稀れな追跡の価値を損なうものではありません。

ここで私が「ある結論」について言及するのは控えます。写真好きの方は、キャパ推し派も、もしそんな人がいるならアンチキャパ派の方も、本書を是非ご一読ください。

私たちの人生を間違いなく豊かにする1冊だと思います。

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