茅野市内からビーナスラインを走って蓼科高原の真ん中・プール平と呼ばれるあたりに、日本が誇る名映画監督、故小津安二郎さんの別荘「無藝荘」があります。ここを訪れるのは2回目。
小津監督が、喧噪からも映画会社からの干渉からも離れ静かな環境で次作の脚本作りに集中するために、既に当地に山荘を構えていた脚本家の野田高梧さんに倣って当地に小さな別荘を借り受けたのが1956年。翌年には無藝荘と名付け、1963年に亡くなるまで7年にわたって野田さんとの共同作業の拠点とされたそうです。
そして生誕100年記念の2003年に現在の場所に移築され、地元の観光協会と茅野市のサポートによって維持されているのだそうです。
「東京物語」は知っているけど、それほど熱心な小津ファンというわけでもないわたしですが、常駐している観光協会のスタッフの女性に熱心に解説していただいたおかげで、前回の訪問時から薄れていた知識がだいぶ更新・蓄積されました。
自分の制作拠点であると同時に、気の置けない知人友人の来訪は楽しみにされていたようです。写真手前の広い部屋が大切な「客間」だったと伺いました。
移築後何年か経って判明したことだそうですが、洗い場の脇に置かれたこの棚は、水車小屋の廃材を再利用して作られたもので、当時の地元の指物師による「良い仕事」だそうです。台所にも同様の見事な食器棚がありました。
ああ、この電球の光に照らされて匂い立つ「昭和」がたまりません。
小津監督が好まれた地元のお酒「ダイヤ菊」と酒道具を(お許しいただいて)撮影小道具として使い、囲炉裏端で1枚。
囲炉裏上の煤け方に年季を感じます。
無藝荘、しみじみと良い場所でした。そうそう、夏のハイシーズンを除くと開館日が限られるので来訪の際はご注意を。


