東急大井町線沿線を歩いています。中延駅から商店街のはずれまで歩いて進路を変え、これから城南の住宅街を縫って荏原町駅に向かいます。
前回掲載の最後の写真、遠くの方にわずかに車止めと緑地らしきものが見えたのでとりあえず目指してみました。
そして見つけたのが、住宅地の真ん中を不自然に斜めに突っ切る細長い公園。
訝ったのはほんの数十秒。すぐに足下からゴオーッと轟音が響いて状況がわかりました。この音、東急池上線の車両走行音です。つまり、今は地下を走っている池上線が、かつて地上を走っていた頃の線路用地の跡が公園になっているんだ。なるほど。
Google mapで現在地が線路上なことを確かめながら、荏原町駅方面に向け進路を修正して進みます。あたりはまた静かな住宅地。このあたり、固定資産税はたいへんだろうなあと、いつもながら下種なことをしか思いつかないわたし。
でもこうして軒先のこのわずかなスペースに丹念に花を咲かせているお家もあって、これ、心が綺麗でしかも好きじゃないと、なかなかできません、ご立派です。余所者が下種な勘ぐりをして大変失礼いたしました。
ん?
高級そうな低層マンション・・・は良いとして、この場所で「旗の台」はちょっと看板に偽りありじゃないのお? 旗の台駅よりも荏原町や中延の方がだいぶ近そうだけど・・・とまたも性懲りもなく無粋な突っ込みを入れながら歩くわたし。
いや、通りの西方向には旗の台の街のランドマークと言えるあの昭和医大病院の高層ビルがばっちり見えてるから、自称旗の台、はさほど不自然でもないのかな。
などと足取りも考えもふらふらしながら歩いているうちに、こちらの立派な神社に遭遇。
朱の鳥居の足下には茅の輪が設えられていて、わたしも作法通り3回くぐってお参りさせていただきました。旗岡八幡神社さんです。
寄進の提灯の数から、地元にしっかり根付いている八幡様であることがうかがえます。
こちらの公式サイトによれば、

11世紀に朝命により関東の騒乱を鎮める道中で当地に宿営し、源氏の白旗を靡かせたことから「旗岡」または「旗の台」と呼ばれるようになった、と神社の名前、当地の地名の由来が紐解かれています。
なんだ、ここが本当の「旗の台」なんだ。いま旗の台の駅があるあの辺の方が、後から名乗ったというわけか! ということで、本家旗の台はここでした、ということを勉強した次第です。
などと言っている間に、到着しました。東急大井町線、荏原町駅。
この駅も相対式2面2線で、踏切を挟んで上下線どちらのホームにも直結する出札・改札口を有し、その上両ホームは跨線橋で結ばれています。このように優美なカーブを描く駅ってフォトジェニックだと思いません?
駅の正面口近辺も少し歩いておきましょう。
駅前はここも東急線らしいリラックスした商店街風景。
少し歩くと、またもや何やら訳ありげな、密度の高い住宅街にしては不自然に広い通りに遭遇。
通りの曲がり具合などから、ハハーンなるほどこれは、と見当がつきましたが地図で確かめた上で合点。これ川筋が暗渠化されてその上が道路(立会川緑道)になっているのですね。河口近く立会川の風景は別の機会に眺めたことがありますが、ここではこんな姿なのか。
最後は、緑道で見つけたアガパンサスの花。大井町線の回りでやたら目につく気がしますが、季節がたまたまそういう巡りなんでしょうか。
というわけで、大井町線 荏原町界隈歩きの巻でした。


